ジェームズ・バーク掌砲上級兵曹長(SW)が退職:新しい門出を迎える

文・写真:礒部良、FLEACT横須賀広報課

10月30日、艦船修理廠および日本地区造修統括本部(SRF-JRMC)においてジェームズ・バーク掌砲上級兵曹長(SW)の退職式典が執り行われた。式典では、バーク掌砲上級兵曹長のこれまでの献身とこれまで勝ち得てきた敬意に対して感謝の意が示された。

ペンシルベニア州ホワイトヘイヴン出身のバーク上級兵曹長は1994年2月1日に海軍に入隊。およそ20年後に上級兵曹長の印である、綱に絡み取られた碇(いかり)を身に着けた。

「あなたの前に立ち、温かな言葉をかけ、米海軍の誇る最上の伝統に参与できるのはこの上なく名誉で光栄なことです」と来賓で式の主宰も務めるSRF-JRMC副司令官エドワード・カッツ大佐は述べた。「あなたにとって重要な出来事をお祝いする、この場所以上にすばらしいところは想像もつきません。」

SRF-JRMCの副司令官エドワード・カッツ大佐が掌砲上級兵曹長バークに米海軍での長期にわたる任務に対し賞状を授与した。(写真:磯部良、FLEACT横須賀広報課)

SRF-JRMCの副司令官エドワード・カッツ大佐が掌砲上級兵曹長バークに米海軍での長期にわたる任務に対し賞状を授与した。(写真:磯部良、FLEACT横須賀広報課)

カッツ大佐はバーク上級兵曹長の業績を振り返り、今回の退職を「幕切れ」や「終わり」ではなく、新たな章の「始まり」として捉えるように促した。

「そして、今日はあなたにとっての新しい始まりで、『何かが始まるとき』です。しかし、あなたが海軍で得ていた安全や安心に満ちた生活から、見るからに危険な、市民生活という大きな落とし穴があるかもしれないところに場所を変えるのですから、そこには大きな勝負がかかっていると言えるでしょう。しかし、これよりも真実からほど遠いものもありません。あなたと同じように、引退ではなく『始まり』を迎えた人たちが待つ、居心地の良い場所へと向かっていると感じるでしょうから。」

「仕事や教育、外の世界を見るなどの機会に乏しい小さな町の出身だったのですが、海軍はそのすべてを私に与えてくれました! 海軍での最高の思い出は、海軍時代に幸運にも訪れることができたいろいろな停泊地や出会った友人たちです」とバーク上級兵曹長は語った。

そしてもう一つ新しい章は日本滞在中に始まることになった。「日本に来たのが一番重要なことでした。妻に出会い3人の息子たち全員がここ日本で生まれたのです。横須賀に9年、佐世保に9年と、日本を18年間故郷と呼べる幸運に恵まれました。」

バーク上級兵曹長は家族や同僚、そして彼の任務中に出会った人々に感謝の意を表した。

「また、電子工場(X67)の働き者のチームにも感謝したいです。彼らのおかげで仕事はずいぶん楽になりました。彼らは仕事では一番です。」

掌砲兵曹として、バーク上級兵曹長は小火器や弾倉、誘導ミサイルシステムや砲架、大砲を含む兵器の操作およびメンテナンスの任務に従事した。また、電気・電子回路や機械、油圧/水圧式・空圧式システムも扱ってきた。

SRF-JRMCは、最先端の技術力を駆使し、艦船の修理及び近代化を太平洋米海軍部隊、米太平洋艦隊に提供し、第七艦隊の艦船を常に機能できる状態に保つ。

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