世界の写真家⑯ 現代写真の先駆者コバーン

文:河辺雄二、FLEACT横須賀広報課

Alvin Langdon Coburn (1882-1966)

アルヴィン・ラングドン・コバーン自写像。

アルヴィン・ラングドン・コバーン自写像。

ボストンに生まれたコバーンは、幼い頃から写真家の従兄弟の影響を受けて、美術と写真を学ぶ早熟な子供であった。

絵画を模倣した「ピクトリアリズム」と呼ばれる手法のコバーン初期作品。

絵画を模倣した「ピクトリアリズム」と呼ばれる手法のコバーン初期作品。

18歳のときにロンドンのサロンで写真が展示されるなど、コバーンは早くからその天才ぶりを発揮する。1902年にアルフレッド・スティーグリッツが写真芸術の確立を目指して提唱したフォト・セセッション(写真における分離派)の創立メンバーには、新鋭の若手として23歳のエドワード・スタイケンとともに20歳のコバーンも名を連ねており、周囲の期待も大きかった。

1906年、世界で最も歴史と権威を持つ大英王立写真教会が、弱冠23歳のコバーンのための個展を開いて大好評を博した。英国近代演劇の確立者で劇作家のバーナード・ショーは「現在活躍中の写真作家の中でも、コバーンは最も才能溢れる芸術家の一人である。23歳の彼には不釣合いな賛辞と思われるかもしれないが、彼は8歳で写真を始め、15歳で技術を習得した天才である。写真術に関する非常に難しい技術的な処理を完璧にこなし、傑出したプリントを作製する。彼のすばらしい特性は、対象を見つめ、本質を引き出す能力であり、彼のビジョンや感性には驚くばかりである」と絶賛している。

近景にコントラストのはっきりしたものを配置して遠景をぼかす空気遠近法による作品。

近景にコントラストのはっきりしたものを配置して遠景をぼかす空気遠近法による作品。

コバーンはそれまでの主流であったピクトリアリスムの手法を継承しながらも、単なる絵画の模倣ではなく、何物にもとらわれない自由な発想で、自己のイメージを象徴的に表現する斬新さを持ち合わせていた。何もかも写しこんでしまう写真の特性をよく理解しており、構図から余分なものを消去する手法で、隙のない完璧なまでの画面構成がコバーンの真骨頂である。

工場の煙突をコバーンならではの斬新なアングルで捉えた作品。

工場の煙突をコバーンならではの斬新なアングルで捉えた作品。

コバーンは1909年に「ロンドン」、1912年に「ニューヨーク」、1913年には「気骨の人」といった写真集を上梓し、内面の人間味まで表現した人物写真は日本の営業写真にも多大な影響を与えた。アメリカの小説家マーク・トウェインの晩年を捉えた作品などは、特に知られた秀作である。

コバーンは1913年のロンドンでの個展やその後の作品制作において、より抽象的な表現にのめりこんでいく。しかし第一次世界大戦終結間近の1918年に北ウェールズに移住し、理由は明らかではないがやがて写真を諦めて他の仕事に転進した。

「オクトパス」と題したニューヨーク・セントラルパークを俯瞰した抽象的な作品。

「オクトパス」と題したニューヨーク・セントラルパークを俯瞰した抽象的な作品。

コバーンはそれまでの固定式三脚による常識的な構図から開放された自由なるアングルを発見し、俯瞰写真など斬新な作品を世に送り出し、現代写真への橋渡しをした先駆的な天才写真家であったといえよう。

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