世界の写真家⑫ 自然主義写真の提唱者 エマーソン

文:河辺雄二、FLEACT横須賀広報課

自然主義写真の提唱者、ピーター・ヘンリー・エマーソン。

自然主義写真の提唱者、ピーター・ヘンリー・エマーソン。

Peter Henry Emerson (1856-1936)

ピーター・ヘンリー・エマーソンは1856年、キューバに生まれた。英国に渡って医学を学んでいたとき、英国東部のイースト・アングリア地方の風景や人びとにすっかり魅せられてしまう。イースト・アングリア地方は河川や湖沼が縦横に入り組んだ土地で、そこで暮らす人々は小舟で行き来して、農地や河川、沼沢の陸と水辺から糧を得る生活をしていた。

道具の手入れをする漁師とその妻。エマーソンの写真は人物の配置が絶妙で、画面構成が秀逸である。

道具の手入れをする漁師とその妻。エマーソンの写真は人物の配置が絶妙で、画面構成が秀逸である。

エマーソンは1882年頃からイースト・アングリア地方のノーフォーク・ブローズの農村を題材に写実主義に徹した写真を撮影し始める。エマーソンの写真は大型カメラにやや長焦点のレンズを付け、そこに暮らす農民を魅力あふれる風景の中に配置した、農村風景のワンシーンをありのままに切り取ったものであった。優れた構図、いわば画面構成が最大の主題となる写真であり、写真の持つ写実性といった特性を前面に打ち出した作品を制作していく。1886年には風景画家グッドールとの共著「ノーフォーク・ブローズの生活と風景」と題した最初の写真集を出版して、多くの写真家たちに新鮮な驚きを与えた。

写真の発明から約半世紀を経た19世紀後半になると、写真の世界では写真独特の技術である合成写真や修正写真、あるいはピクトリアリズム(絵画主義)に陥り、写実性とは懸け離れた作品作りの迷路に、多くの写真家たちが入り込んでいた。そうした写真界の流行に反旗を翻したエマーソンは、“写真は絵画から独立した独自の芸術である”として、「自然主義写真術」を出版して自然主義写真を提唱した。写真界の新しい運動の中心となったエマーソンの写真は、次世代を担う若い写真家たちの共感を得て、多くの追随者が生まれていく。後にモダン・フォトグラフィーの父と呼ばれることになる若き日のアルフレッド・スティーグリッツもその一人で、20世紀の写真界をリードしていく写真家への影響は多大なものがあった。

英国イースト・アングリア地方のノーフォーク・ブローズの農村を題材にしたエマーソンの代表作「沼地からの帰路」

英国イースト・アングリア地方のノーフォーク・ブローズの農村を題材にしたエマーソンの代表作「沼地からの帰路」

改革者としての地位を確立したエマーソンであったが、1890年に最新の乾板の感光度測定の研究報告書によって、写真の捉え得る画像と肉眼の視覚との大きな違いに衝撃を受け、「自然主義写真の死」を宣言して写真家としての活動を停止してしまう。しかしエマーソンの提唱は20世紀の写真界に受け継がれ、彼の蒔いた種は着実に育っていくことになる。

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